ピーターが育てた選手たち

レイトン・ヒューイット

豪州アデレード出身の元世界ナンバー1。7歳からピーター・スミスのレッスンを受け始め、16歳でプロ転向。同年に故郷のネクストジェネレーション・アデレード国際で優勝し、初のATPツアー・タイトルを獲得した。2001年USオープン決勝でピート・サンプラスを破り、20歳にしてグランドスラム優勝者に。同年11月に史上最年少の世界1位となり、翌年にはウインブルドン優勝を遂げた。

17歳の時にデビスカップでオーストラリアを優勝に導いた彼は、現在オーストラリアデビスカップ監督で、デ杯ではいまだ必要に応じ、監督兼選手としてダブルスをプレーしている。先の9月のデ杯対オーストリア戦では、ピアースと組んだダブルスで豪州に貴重な勝ち点をもたらした

ジョン・フィッツジェラルド(写真中央)

ピーター・スミスの家に下宿してテニスを学んだ経歴を持つ、オーストラリアを代表するダブルの名手。グランドスラム4大大会のすべてで男子ダブルス優勝を遂げた数少ない選手の一角で、男子ダブルスで7度、ミックダブルスで2度、グランドスラム・タイトルを獲得した。全仏、ウインブルドン、USオープンで男子ダブルス優勝を遂げた1991年に、ダブルス世界ランキング1位に。シングルス最高位25位。元デビスカップ監督(2001年〜2010年)でもある。

ピーター・カーター

ジュニア時代のロジャー・フェデラーの指導者として知られるアデレード出身のテニス選手/コーチ。14歳からピーター・スミスの指導を受けて育った彼は、選手としてのキャリアを終えた後にスイスで指導者として活動し、プロ転向までのフェデラーを指導。2001-2002年にはスイス・デビスカップ監督を務めたが、02年南アフリカでの交通事故により、37歳で亡くなった。フェデラーに最も影響をあたえた人物と言われている。

ワインの産地で有名な南オーストラリア州のバロッサバレーの出身の彼は、14歳からピーター・スミスの指導を受けていた。

伊藤雄哉

現在テキサス大学オースティン校所属の21歳。2017年ユニバーシアード日本代表 シングルスベスト8、団体銀メダル。2018年アジア大会日本代表、ダブルス銅メダル(ペア綿貫陽介)。

父親の仕事の関係でアデレードに住んだ幼少期にピーター・スミスの教えを受け、以降、帰国後も年に1、2回の頻度で同アカデミーに短期留学。14歳となった2011年からは長期留学して現地の高校に通いながらテニスの腕を磨き、全豪オープン・ジュニアなどにも出場した。