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フレンチオープン

今年2番目のグランドスラム大会のフレンチオープンが終了しましたね!日本勢の活躍(錦織選手、女子ダブルス、ジュニア、車椅子など、、)も素晴らしかったですね。

ハレプ選手も念願のグランドスラム初優勝!アデレードのダーレン・ケイヒルがコーチしているので全豪前などメモリアルドライブで練習もしていたので親しみもあり嬉しいですね😊 ナダルのフレンチだけで11回の優勝。。本当に凄いの一言です!

月曜日はQueens birthday の祝日でした。土曜日のコンペもなくアカデミー生はクラブで練習をしたりチャイナタウンにランチをしに行ったり少しリラックスムードでロングウィークエンドを楽しんだようです👍

 

 

センターコートでのプライベートレッスン

コートの改修工事が行われているのでプライベートレッスンはセンターコートを利用して行われることも多いです。昨日の午後はルークがフルタイムのふうま君のレッスンをセンターコートで行い、私も語学学校に通いながらテニスを学んでいるりょう君のレッスンを行いました。観客はいませんがw 広々としたコートでのプレーは気持ちの良いものです。このコートは地元アデレード出身でピーターの教え子であるレイトン・ヒューイット(元世界ランキング1位、現オーストラリアデビスカップ監督) が史上最年少でATPツアーで優勝したコートでもあります。

 

 

 

Redevelopment

6月に入り南半球のオーストラリアは暦のうえでは冬になりましたが、朝晩は少し寒くなってきましたが日中は20度位の気持ちいい天気の日が続いています😄

テニスコートのRedeployment の工事は順調に進んでいて基礎工事もかなり出来てきました!現在の様子や完成後のイメージ写真もアップします。

 

アデレードマラソン

 

フレンチオープンが始まりましたね!アデレードのタナシ・コキナキスとアレックス・ボルトは残念ながら予選で敗退しましたが、オーストラリア選手、日本の選手の活躍に期待したいと思います。

昨日はアデレードマラソンが開催されました。アカデミーとなりのアデレードオーバルはスタートフィニッシュのレースで例年何名かのアカデミー生が参加します。今年はハーフマラソンにゆうた君、りく君、ふうま君の3名が出場しました。3人とも見事に完走しました 👍  ゆうた君は15歳、16歳の部で優勝、ふうま君は17歳から19歳の部で優勝しました🏅 おめでとう🎉

 

Winter Pennant がスタートしました!

スクールホリデーが終わり2タームが始まりました。アデレードで盛んなコンペ(団体戦)の Winter season が始まりました。男子State League と Division 1 はホームゲーム、Division 3 はアウェイゲームでした。State League はTrinity にシングルス、ダブルス共に全て勝ち、6勝0敗 でした。Division 1はヘンドリック以外は下のDivision から上がって来たメンバーで相手もみんなレベルが高く1勝5敗でした。Division 3 はりょう君(山本)とふうま君のシングルスは勝ちましたがそれ以外は負けでは敗退しました。このシーズンはレベルの高いDivision に入ったので毎週の試合から学んで力をつけて行って欲しいと思います。

 

 

フェデラーを育てたアデレード出身のピーター・カーターの両親が語るピーター・スミス

フェデラーのテニスに大きな影響を与えスイスのデビスカップ監督になったピーター・カーターはアデレードから車で1時間ほどのワインの産地で有名なバロッサバレー出身のオーストラリア人です。才能のあるジュニア選手だったピーター・カーターはより良いテニス環境を求めアデレードのピーター・スミスファミリーに14歳で同居してピーター・スミスの指導を受けました。上の動画はピーター・カーターのご両親が語るピーター・スミスです。

ピーター・カーターは37歳の若さで交通事故で亡くなりフェデラーは大きな衝撃を受けましたが、才能がありながら成績が不安定だったフェデラーが精神的に成長した出来事だったと言われています。下記の文章はテニスライターの岡田暁さんが書かれた記事です。

 

ロジャー・フェデラーが全豪オープンで戦う時、彼のファミリーボックスにはいつも、あるオーストラリア人の老夫婦が招待される。
彼らは、フェデラーが10代の時に師事したコーチ、ピーター・カーターの両親。そしてそのカーターこそが、フェデラーを王者に導いたと言われる人物だ。

ATPツアーの広報担当としてフェデラーを16歳の時から知り、現在はBBCラジオなどでコメンテーターとして活躍するデビット・ロウが、近頃、王者になる前のロジャー青年の、苦闘の日々を回想した。そのロウが、「フェデラーのキャリアに最も影響を与えた人物」として名を挙げたのが、コーチのカーターである。

フェデラーがカーターに初めて会ったのは、彼がまだ9歳の時のこと。ケガもあり自身のプロキャリアに見切りをつけたカーターは、指導者としての職を求めてバーゼルに渡った。この時、カーターは25歳。フェデラー少年にとりオーストラリアから来た若きコーチは、年の離れた兄のような存在であり、後年は良き友人でもあったという。
「オーストラリア・テニスの形質は、僕のDNAに組み込まれているんだ」
4年前にフェデラーは、カーターの存在の大きさを、そのような言葉で述懐したことがある。
「厳しい特訓哲学は、オーストラリアのテニスの核を成すものだ。そして僕も若い頃に、コーチのピーター・カーターからその精神を叩き込まれた」。
カーターが、僕の人格形成にも最も大きな影響を与えた存在だ――この時フェデラーは、そう付け加えてもいる。

2001年にウィンブルドンのセンターコートでピート・サンプラスを破るも、その翌年は同大会の初戦で敗れたフェデラーの、当時の評価は「精神的に崩れやすく、戦績も安定しない」というものだった。そんなフェデラーを喜ばせたニュースが、癌と闘病中だったカーター婦人の、病がほぼ完治したこと。そのお祝いとしてカーター夫婦は、旅行に行く計画を立てた。行き先は、フェデラーの提案で南アフリカに決まる。そこは、フェデラーの母親の生まれた国でもあるからだ。

2002年8月1日――フェデラーの21歳の誕生日を1週間後に控えたこの日、フェデラーはカナダオープンを戦うためにトロントに、そしてカーター夫妻は、計画通り南アフリカのクルーガーナショナル・パークにいた。
二人を乗せた車は、世界有数の鳥獣保護区を走り、そして、対向車との接触を避けようとして、崖から転落する。横転した車内で、運転手と乗客……つまりカーター夫妻は、命を落とした。

トロントでこの訃報を聞いた時、「フェデラーはホテルのロビーを駆け抜けて道路に出ると、叫び、慟哭した」というホテル関係者の証言が残っている。この大会を取材していたスイス人記者も、涙を流す彼の姿を覚えていると言った。

先述したデビット・ロウは、この時を境に、フェデラーは「変わった」と言う。
「命に限りがあることを、強く悟ったのだろう。急速に成長し、彼は大人になった」。
恩師の死が、やんちゃで知られた才能豊かな若者を成熟させた……という解釈は、やや安易に聞こえるかもしれない。ただカーター夫妻の不幸から程なくして、彼の快進撃が始まったのも事実である。翌2003年にフェデラーは7大会で優勝し、その中には、彼にとってのグランドスラム初タイトルであるウィンブルドンも含まれる。

メモリアルドライブの改修後のイメージ動画です🎾

改修工事が始まりました。メモリアルドライブや隣のAdelaide Ovalトレンス川沿いはアデレードの街の中心部に近く対岸にはコンベンションセンター、フェスティバルセンターなど観光客も訪れるエリアです。改修によりプロのトーナメントやデビスカップ、フェデレーションカップなど国際試合も開催されやすくなると思います。

 

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